食堂二階

産能大学のSG研OBが適当に気になった話題や駄文などを書きなぐるブログです。

【雑記】姫路城見て、天守まで行ってきましたよ。

黒すぎる人がいなくなったら白すぎになったといわれる(適当)
姫路城に行ってきました。

大修理が終わってTVとかで結構紹介されていたので、
めったにあそこまでいかないし、
帰るついでに行こうと決めていました。

もっとも有馬温泉に泊まった時に
姫路の駅を通過したので、遠望はしていたんですけどね。

IMGP2254.jpg
ということで、駅からも見える姫路城です。

確かに白いですねぇ。
数年もしたらどんどん黒くなっていくそうなので、
今だけってことらしいです。

IMGP2261.jpg
個人的に姫路城はここから眺めるのがベストかなと。
天守閣も登ったんですが、今はとにかく人が多い。

IMGP2262.jpg
途中から入場制限かかりますし、
見どころがある展示物があるわけでもないので、
1時間半から2時間かけて、お城を登るトレッキングみたいな感じです。

刑部神社までたどり着いても、
後ろが詰まっているので早く降りるようせかされますしね。

私が行ったのは特に連休でもない土曜ですが、
今それでも生きたいというのであれば平日に行った方がいいです。

連休とかに行くのであれば早めに言って整理券もらわないといけないみたいですね。
正直そこまでする価値は…と個人的には思います。

IMGP2270.jpg
そういえば姫路城内にお菊井戸というものがあるんですが、
有名な怪談の皿屋敷の井戸だそうです。

管理人は皿屋敷の怪談って江戸時代の江戸の話じゃなかったっけ?
という認識だったんですが、
解説を見ると戦国時代なんですよねぇ。

時代的に小寺則職が姫路城城主をしていた時代あたりだそうです。

誰?って思う人が多いと思うので解説しますと。
小寺政職の父親です。

この小寺政職が黒田官兵衛が秀吉につかえる前の主君なります。
ちなみにこの姫路城は小寺則職が1531に御着城に移った後、
子の小寺政職に重用された黒田職隆(官兵衛父)が1545に姫路城主になります。

その為、皿屋敷の怪談は1531以前ってことになりますね。
姫路の皿屋敷の怪談は播州皿屋敷実録といわれ、
管理人が知ってるのは江戸を舞台にした番町皿屋敷でした。

どちらのが先かはわかりませんが
家康の孫である千姫が大阪城落城の後に再婚して住んだのが姫路、
番町皿屋敷は姫路の後に夫に死なれて江戸にもどった千姫の屋敷跡という設定なので
どちらかが派生(もしくはどちらも)なんでしょう。

怪談の舞台にしてはでかい井戸だな!ってのが正直な感想でした。


話は変わりますが姫路城はそこそこ戦国武将とかかわりがあるため、
土産屋に結構戦国武将関係のものがいっぱいあったんですが、
そのなかで気になったのが勝ち袋というお守り袋に戦国武将の名前が書いてある
ぶっちゃけ子供だましなんですが。

秀吉は金の袋で派手、徳川家康、池田輝政はいいとして
なぜか武田信玄の名前があり、勝ち袋!!みたいな宣伝文句が書いてあるんです。

で、その中にこれまたなぜか石田光成があったんですが、
彼だけ宣伝文句なし。

いじめか!そもそもなんでラインナップに入れたんだよ!
という強い印象を与えてくれやりあがりました。


実は余裕があったら大阪まで行って大阪城も見ようかなぁとか思っていたんですが、
さすがにクタクタで、今回の旅は姫路で終了にしました。

帰りは新幹線を使ったんですが、
改めて、どんなにいい席だろうと深夜バスより新幹線の方が楽だという結論になりましたとさ。

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